フランスのアイドル的存在フランスギャル

今気に入っているCDはフランスギャルの

「夢みるフランス・ギャル~アンソロジー’63/’68」だ。

以前、シャーロット・ゲーンズブールなどフランスの他の

歌手と一緒に収録したCDで彼女の曲を聴いたのが好きになった

きっかけだが、そのCDの中で一番良かったのが彼女の

「恋するシャンソン人形」だった。他の歌手の曲はほとんど

聴かなかったが、この曲は何度も繰り返して聞いたものだ。



このCDに収録されている曲は「夢みるシャンソン人形」はもちろん、

「すてきな王子様」や「バラ色のキッス」などフランスギャルの

作品が厳選されている。第一曲目の「夢みるシャンソン人形」

日本語ヴァージョンを初めて聴いた時は衝撃を受けたが、二回目からは

フランス語ヴァージョンと聴き比べて楽しんでいる。

個人的には「ジャズる心」も好きだが、ノリが良くて見事に

「ジャズって」いるので、こちらもジャズ気分にさせてくれる。



フランスギャルは1965年11月に初来日してから

ブロンドの髪とぱっちりした目の愛くるしい容姿、10代と思えない

表現力で、あっという間に日本での人気に火がついたそうだ。



今回のCDはジャケットの写真が気に入ったので聴こうと思ったのだが、

偶然にも彼女が「夢みるシャンソン人形」の歌手だと分かって驚いた。

ジャケットではピンクと色の半袖のパフスリーブシャツとブルーの

デニムのロングスカートを着用しているが、手に持っている真っ赤な苺の棒つき

キャンディーがアクセントになっていて可愛い。



現在は歌手を引退していて家族と一緒に暮らしているそうだが、

子供や孫に昔の曲を聴かせるのだろうか。彼女が音楽活動をしないのは残念だが、

今でも愛される曲を歌った功績は大きいと思う。

お気に入りの歌手の一人に出来そうだ。

わたしの職業

私は現在フリーのデザイナーとして活動中の29歳女性です。

今までの人生は誰も真似できないくらい自由に生きてきたと思います。

まず、中学校を卒業し念願の県立高校に入学。1学期で自主退学(笑)

それからアルバイトを掛け持ちし、稼いだお金は・・・好きなときに好きなものに好きなだけ遣っていました。貯金なんてしたことありません。朝帰りは当たり前で、家にいることはほぼなかったような状態です。母は呆れかえってました(笑)。

20歳になり自分の人生を見直して、デザインの学校へ行くことに。

150万円くらいの借金をして行ったにも関わらず、途中でヤル気がなくなり

真面目に通わなくなりました。学校と掛け持ちで色々なアルバイトを経験。

居酒屋、ラーメン屋、寿司屋、お好み焼き屋、焼肉屋、ファーストフード、パチンコ屋、キャバクラ・・・学校卒業後は出版社に就職。その後、スナックのチーママ。

 

それからウエディングプランナー。現在デザイナー。

 

色々なことを経験した結果、接客もパソコンも得意なので出来ないことは何もない!くらいの勢いで自信があります。

 

様々な職場で働いた結果、自分が本当にしたいことは、会社という組織に縛られて、決まった仕事をするのではなく、自分の力で得意なできることを生かして自由に仕事をしたい!と思うようになりました。

 

まだまだ勉強中ですが、フリーのデザイナーとしてもっと活躍できるように頑張っていきたいと思います。

 

北海道半周キャンプ旅

仕事の都合で三週間の長期休暇が取れたので、家族四人で、北海道、道東・道央の行き当たりばったりのキャンプ旅をすることになりました。

先ず最初にしたことは、青函連絡船(カーフェリー)の予約でした。満席でチケットを取れなかったので、函館の青函連絡船に勤めているいとこに頼んでチケットを取ってもらいました。

その次に、運転手が私とカミさんの二人なので、運転手の休憩用にワンボックスタイプのマイカーの後部座席と後ろの荷台にかけてベットを25mmのパイプとコンパネで作りました。

カミさんが、ベットのある窓に目隠しのカーテンをつけました、キッチンのないキャンピングカーに毛が生えた改造車になりました。

長男が手製のベットで寝て、小さい娘は後部座席でベットの下に足を突っ込んで寝た状態で早朝出発し、東北道を北上しました。車中妻が八甲田山奥入瀬渓流に行きたいと言い運転手の私は従うだけでした。

八甲田山の麓の雪中行軍で沢山亡くなった人の石碑を幻想的な朝霧の中で訪れ、奥入瀬渓流に向かいました予定通り青森港について、フェリーに乗船、子供の経験のためと思い、三等で20畳位の不特定多数でざこ寝するカーペットの部屋にしました。

これの方が、リクライニング付き指定席よりも横になって熟睡できるのです。

以前は長距離トラックの運転手が沢山いたのですが、今回はトラックの中で寝ているらしく独占状態で函館港到着まで熟睡出来ました。

早朝、函館港から太平洋側の海岸沿いを北方領土を右に見ながら長万部を通り納沙布岬を目指して黄金道路(切り立った海辺の岩を削って作った道路で多数の工事犠牲者と黄金を道路に並べる程お金がかかったため)海側が解放状態で、シケの時は波に洗われるので、通行止めになるのですが、通行止めにも合わず無事通過し納沙布岬で一泊・釧路湿原では、カミさんが「釧路湿原に没む夕日が綺麗で、もう一度見たい」と言うので二泊しました。

網走で毛蟹を食べるため一泊・知床でカムイワッカの滝(温泉の滝富の滝)を登り知床半島を一周する観光船に乗って一泊良野のラベンダー畑と北の国からのロケ地六郷の森等で二泊して帰路へ。

帰りの東北道の長かったこと言ったら行きの倍以上疲れました。